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もっているものでうまくやる
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価値観のアップデートではなく理想の検証
「私たちに必要なのは価値観のアップデートです」
こう言われたとき、どんな気持ちになるでしょうか。嬉しいですか、ワクワクしますか、それとも取り残されるように感じますか。もし仮に OS が異なるために知らない価値観のインストールすらできないときはどうしたらいいのでしょうか。
多様性の高まりによる分断
現代社会は、かつてないほど複雑で高速でキャッチアップしている暇もありません。それによって情報や環境だけでなく、それにさらされている価値観も分断された状況に直面しています。しかし、私たちは様々な価値観を持つことを肯定されています。誰もが自分自身の考えや姿勢を大切にするようになってきました。
そのなかで重視されている「多様性」という言葉は、かつての希望の象徴から、今や政治的な対立と社会的緊張の触媒と化しているように見えます。こうした複雑な社会を単純化する圧力として、多様性を完全になくそうとする動きさえあります。一体何が起きているのでしょうか。
あなたは間違っている
私たちは、しばしば自分たちの価値観を絶対的な真理と捉えがちです。左派と右派、伝統と革新、保守と進歩。いまやこれ以上にさまざまな価値観が生まれていて、価値観の数だけ対立があると考えてもいいでしょう。
人間は複雑なものを複雑なまま認識する能力がありません。たとえば3個まではボールの個数を瞬時に把握できますが、4個以上になると「多い」としてとらえるようになります。つまり脳みそは物事を単純化するように圧力をかけていると考えることができ、複雑さを維持することは圧力に抗うことになります。
価値観を単純化し、対立構造に持ち込むことは、シンプルにニーズがあります。あるひとにとっては苦しみから逃れることになるでしょう。そのひとに「価値観のアップデート」を迫ることは「あなたは間違っている」とメッセージを送ることになりませんか。
対立ではなく、学びへ
価値観とは、個人の経験、文化、歴史の産物です。それが単純に「間違っている」と断じることはできないはずです。嫌悪感を抱くような価値観にすら、必ずその背景があり、理由があります。
必要なのは、対立を生み出す攻撃でもなく、相手に変化を迫る「アップデート」でもなく、他者の経験に耳を傾け、学び、相手ではなく自分自身が「生まれ変わる」プロセスです。
多様性(ダイバーシティ)から多元性(プルラリティ)へ
こうしたプロセスはプルラリティとしてまとめ上げられようとしています。これは言葉遊びではなく、多様性を包み込むような概念です。
プルラリティでは多様な存在が対話し、理解しあうことを目指します。多元性において、違いは「対立的な脅威」ではなく「学びの豊かさ」です。相手の価値観を判断するのではなく、対話を通じて理解することが求められます。
私たちの社会は、設計され、コスト計算され、パッケージングされてならべられている製品ではありません。常に変化し、再構築されつづける巨大なコミュニティです。しかし、その変化があなたにとって望ましいものになるとはかぎりません。
そのとき必要になるのは正しさを主張する対立でもなく、安定に擬態した抑圧でもなく、変化と学びによる理想の社会へのアプローチではないでしょうか。
しかし目指している理想そのものが、遺伝子操作によって欠陥や病気がない息苦しいユートピアだとしたら、誰もが笑顔を強制されるディストピアだとしたら、その理想は適切なのでしょうか。
理想は目指すものではなく検証するもの
理想の暮らしを目指した結果、家庭のすべてを壊してしまった男性を知っています。どうして彼は途中で気がつくことができなかったのでしょうか。それは立ち止まり、目指している理想が本当の理想なのかを考えなかったからだと思います。
あなたはどうでしょう。立ち止まって理想について考えたことがありますか、理想の生活のなかで苦しみを感じていませんか。
理想が完成を目指すものではなく、検証されつづけるプロセスだとしたらどうなるでしょう。
驚くべきことに私たちは、実は同じ根本的な願いを持っています。より良い社会、より公正な世界、そして次の世代により豊かな未来を創ることへの根源的な願望。もし概念が大きすぎてピンとこなければ、大切なひとが、よりよい暮らしをすることだと考えてみてください。
目指すものと検証するものの違いは、その実現の方法論にあります。
理想の検証のためのプルラリティなマインドセット
検証のためには道具と訓練が必要です。そしてそれは学びのプロセスの中で磨かれていくはずです。
対話の場
異なる価値観を持つ人々の継続的で安全な対話の場が必要です。それはあなたが存在する全ての空間で生み出すことができます。
共感的コミュニケーション
相手が本質的に望んでいることは何か、相手への理解と自分には想像もつかなかった体験への開かれた姿勢が求められます。
生活と社会が地続きであることへの理解
日々の言動、消費行動、聞いたもの、伝えたこと、生活のあらゆることが社会を構成していると理解することが、その場しのぎのテクニックではなく、プロセスを通じた姿勢になるはずです。
価値観のアップデートから理想の検証へ
私たちはどうなりたいのか。何に共通の喜びを見出し、お互いをどのように学んでいくのか。私たちの多様な価値観を活かしていける豊かな社会のための検証のプロセスが求められていると思います。
たとえばカフェでコーヒーを頼むとき、その生産国がどういう国なのかバリスタに聞いてみる。ソーシャルメディアで見かけた話題に反応するのではなく、どうしてそう投稿したのか考えてみる。小さな問いから自分の価値観をしなやかにしてみる。
対立や分断が深まる現代だからこそ「違い」を脅威ではなく「学びの資源」として向き合ってみる、そんな勇気が必要ではないでしょうか。
異なる価値観との出会いは、視野を広げ、より豊かな世界観を持つチャンスかもしれません。相手を変えるのではなく、自らが変わり、成長する機会としてとらえることは社会の変化にもつながるかもしれません。
わたしたちが目指すものは「正しい答え」を押し付けることではなく「問い続ける姿勢」を見せることかもしれません。価値観のアップデートを迫るのではなく、ともに理想を検証しつづける社会。その過程に意味があると思います。
対立ではなく対話を、批判ではなく理解を、評価ではなく検証を選び、わたしは少しづつ変われることを、社会がそれを待てることを願っています。
“自分の生活を批判的に検証することと、他人に生活の仕方を強制することは別問題であり、実際には正反対の事柄です。前者は人間の自由の必須条件であり、後者は人間に自由がないことの表れです。” - ジグムント・バウマン
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私たちが “もっているものでうまくやる” には、少しずつ自分の世界を広げ、自分自身を理解し、思いがけない組み合わせを試してみる必要があります。これらは、そのプロセスの様子です。
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